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harasawapublication ~原澤出版~

原澤出版の執筆用ブログ

大和魂の研究~さいごに~

大和魂の研究~さいごに~

 

 この「大和魂の研究」という本は私の著書としては二冊目の本だが、一冊目の本である『自分」を最大限生かすための人生戦略とは違い、書きながら足りない部分を調べ、書きながら日本の各コンテクストについて論じている人達とコンタクトをとり、時には論じ合ってみたりしながら、私なりの考察であり、論述をしてきた。

 実際のところ、歴史などというものはどこでどう改ざんされているかも分からなければ、正しく記載されていたとしてもそれが「正しい」と判断するかどうかについては分からない。これは笑い話になってしまうが、某戦国時代をモチーフにしたゲームに登場するキャラクターたちは美男美女だらけであるし、中には男性が女性として描かれてしまっているようなゲームまである。歴史を知らずにゲームの内容を信じてしまい、それらの内容が伝言ゲーム的に伝えられていけば、いずれ織田信長徳川家康たちはヒゲではなく胸の谷間が描かれている可能性が高く、挙句の果てには二百年後の歴史の教科書には美男美女が描かれているなどという可能性もゼロではない。すでに、ゲーム上であればそういう世界観になってしまっているのだから。

 そう考えると、「大和魂」の正体を歴史を資料にして探っていく事自体に信憑性をどこまで見いだせるか、精度をどこまで高められるかという事に関しては執筆している中でもたびたび疑問を感じることがあった。

 しかし、紙に書かれている、ネット上に書かれている内容が真実を物語っていなかったとしても、日本人が存在し、この日本という島国で長年生活して、文化を築いてきた事、そして歴史の中で今のような日本人へと変化していった事実だけは、正しい、間違いではなく事実そのものなのだ。「大和魂」を研究するにあたって一番大事なこと、そして一番頼りになる資料とは、自分以外に他ならない。

 自分の中には日本人のDNAが刻まれている。歴史の教科書にどう記されていようが、我々日本人が実際にその時代時代にどういう生き方をしていて、その時代の日本がどういう時代であったのかは我々の体内に実際に刻まれていて、自分の外側のそれらを調べる事よりも、自分の体に聞いてみることで、それこそ「正しき答え」を知ることが出来るのが本来の「大和魂の研究」であることは間違いないし、ここを履き違えればただの日本史物知りオジサンににしかなることが出来ない。

 そういった意味では、「自分との対話」「自分のDNAとの対話」といったこちらの技術を磨いていかない限り、本当の意味での「大和魂」と出会うことは出来ないだろう。その上で、自分の外側の世界にある歴史的な建造物と触れ合ってみたり、各地の伝統・文化と触れ合ってみたり、その場に行って日本の歴史を感じてみるという事にそれほどの意味と意義を持たせることは出来ないだろう。

 今回は、どちらかというと自分の外側の世界の日本を参考に、「大和魂」を研究してみたが、次回はもっと自分の内側にある日本を意識して、「大和魂」とは何なのかを研究してみたいという気持ちが強くなった。特に、執筆していて最後の方にテーマにした「日本人の入浴文化」について考察していて出した仮説については、非常に興味深い仮説を立てられることが出来たし、自分の知らない日本であったり、自分の知らない日本人に出会えた気が多少なりともした。そういう意味では、私自身まだまだ見逃している日本、日本人がどこかにいるのだろうなという事にも気づけた。

 そして、このテーマは非常に大きなテーマであり、私一人で抱えて挑んだところで大したことにはならないだろうし、面白みもない。今回のようにさまざまなジャンルで日本を研究している人達と絡み、あーだこーだと議論してみたり、実際に集まって日本を感じ、またそこから何かヒントを探し、仮説を立て合って、検証してみたりするいわば「大和魂研究コミュニティ」のようなものを発足させて、もっと我々日本人の中に眠る「大和魂」を研究し、研鑽し、その力を如何なく発揮できるようにしたいと個人的には期待しているし、最後の章で述べた「この時代の日本人が一番日本人的だった。」と、後世に残る日本人らしいライフスタイルを実践するとともに、その背中を後世の人達に残せるような生き方にチャレンジすることに、私自身は日本人として生まれ育った幸せを感じている。

 誰かに植え付けられた思い込みでなんちゃって日本人を演じるのではなく、本当の「大和魂」にスイッチが入った純粋な日本人を味わって、今の時代における純日本人として誇り高く日本人として生きて、世界に『日本教』を普及していけたら最高だろう。それこそ、三年後には世界が日本を、注目する機会は設定されている。この三年間で我々はもっと「大和魂」を研究して、より自分の中にある大和魂を磨いていってそれこそ、「すみませんすみませんの国ジャパン」ではなく、「和と融合の国ニッポン」であることを過去に落とされた爆弾以上のインパクトで、世界の連中にブチかましたいと思うのは私だけだろうか。もうこれを機に日本は「JAPAN」ではなく「NIPPON」に世界的にも改名するぐらい、「日本」を主張すれば良いのだ。もちろん、その為には本気で変なメッキのかぶった日本ではなくて、純粋な日本を我々日本人自体がしっかりしる必要がある。「大和魂の研究」とは、そういうチャレンジなのだ。